あがり症の原因

あがり症の原因は精神的なもの(内気な性格など)、と考える人が多いと思います。実は、私(植村院長)も以前はそう考えていました。しかし、多数のあがり症の患者さんの治療を続けていくうちに、身体的な原因であがり症になる人が多いことがわかってきました。その他、アルコールやカフェインなどの摂りすぎの人も、あがり症の症状がでやすくなります。

身体的な原因の代表は本態性振戦というふるえの病気、精神的な原因としては社交不安障害(社交不安症)という精神科の病気が挙げられます。要するに、精神的な病気はなくても、震えの病気などのためにあがり症になる場合と、精神的な病気(社交不安障害)があって、あがり症になる場合がある、ということになります。

とは言いましても、現在、あがり症=社交不安障害であるかのように”宣伝”されています。それは、精神的要因を誇張し、身体的要因を軽視(あるいは無視)した結果である、と私は考えています。当クリニックでは、ほとんどの患者さんが、以下に記すような本態性振戦などの身体的原因によるあがり症に悩まされています(大学病院や精神科病院のように比較的重症の患者さんが多い病院では、事情が異なる可能性があります)。 正しい治療薬を選択するためには、身体的な原因が主なのか、精神的な原因が主なのか、この点をしっかり見極めることが大切です。

A 身体的原因によるあがり症

本態性振戦などの震えに起因するもの

本態性振戦は、震えが主症状の神経内科の病気です。振戦は震えという意味で、手、声、膝、頭などが震えます。本態性とは原因が明らかにされていないという意味で、震え以外に症状はなく、通常、悪化することもありません。患者数は加齢とともに増加します。高齢者に発症する原因不明の振戦を老人性振戦ともいいますが、これも本態性振戦と同類の疾患と考えられています。

これらの振戦では緊張、怒りなどの精神的動揺により、震えが大きくなります。酔っぱらうと震えがおさまります。ただし、飲酒した翌日には震えは悪化してしまいます。家族内に同じような震えの症状の人がいることも珍しくありません。手の震えは人前で字を書くときや、水の入ったコップを持つときなどにでやすくなります。

病気ではなくても強い不安・緊張、恐怖、寒さなどにより震えが誘発される場合があります。これを生理的振戦といいます。生理的振戦が強くなっって病的になったものが本態性振戦とも考えられます。

当クリニックの患者さんの約9割は、上記のいずれかのタイプの震えが原因になっています。どのタイプの振戦もβブロッカーが奏功します。補助的に抗不安薬を併用することもあります。

さて、これほど重要な本態性振戦という神経内科の病気が、あがり症の治療を謳っている心療内科のウエブサイトでは、まったくと言ってよいほど取り上げられていません。「あがり症、本態性振戦」の2語で検索してみても、ヒットするクリニックは3つだけです(R1年8月現在)。そのうちの一つは、もちろん当クリニック、もう一つは、やはり私が以前、院長だった大津のクリニックです。本態性振戦を見過ごして社交不安障害としてSSRIなどの精神科の薬を投与しているなら、医療上の問題があります。本態性振戦とわかっているのに、βブロッカーを処方しないようであれば、これも大きな問題でしょう。

御参考までに、神経内科の専門家は本態性振戦をどう説明しているのか、リンクしておきましょう。本態性振戦の人がいかに、あがり症になりやすいかが、よくわかると思います。

日本臨床内科医会の本態性振戦のHP

本態性振戦の治療薬のメーカーのサイトもあげておきます。ここに書かれているのも、あがり症そのものですね。

本態性振戦の特徴

甲状腺の病気に起因するもの

甲状腺ホルモンが過剰に作られる甲状腺機能亢進症(バセドウ病)という病気があります。女性に多い病気です。甲状腺機能亢進症の人はドキドキと動悸がしやすくなり、手の指も小刻みに震えるようになります。この動悸や震えは緊張場面では、さらに悪化して、あがり症と同じ症状がみられるようになります。当クリニックでは、女性患者の数百人に一人程度、甲状腺機能亢進症の方がみられます。内科で甲状腺の治療をしっかり受ければ、通常、あがり症も消失します。たまに、甲状腺はよくなってもあがり症が続く人もいます。

その他

当クリニックを受診される患者さんの3~4%が、人前での多量の発汗(主に顔面)を主症状とした悩みをお持ちです。発汗恐怖症と呼ばれたりもしますが、大部分は皮膚科の病気で、正式には「限局性多汗症」といいます。汗止めを服用しておけば顔や頭からの汗はとまります。たまにβブロッカーが効く場合もあります。手汗にはどちらも効きません。

B 精神的原因によるあがり症

社交不安障害によるもの

社交不安障害とは、他人から注視されるような場面で極度に緊張し、失敗することを怖れるあまり、そのような緊張場面を避けようとする状態が長く続く精神科の病気です。緊張場面では、声や体が震えたり、多量の汗をかいたり、赤面などの、あがり症と同じような症状がみられます。脳内セロトニン神経のアンバランスが想定されており、SSRIと呼ばれるセロトニン神経の機能を高める薬が治療の第一選択薬として使用されます。

特にあがる場面が予定されてなくても、外出するだけで緊張するとか、あがるのが心配で休学や休職しているような場合は精神的な問題が考えられ、社交不安障害の可能性が高くなります。

ここで注意しなければならないのは、震えや多量の発汗などの原因となる病気 (本態性振戦や多汗症など) が別にあって 、その身体症状のために恐怖心が引き起こされている場合は、社交不安障害ではないので、SSRIを使用する必要性は特になく、身体疾患の治療を優先する必要があるということです。この点をしっかり鑑別していくことが、あがり症の適切な治療を行うために重要となります。

C 化学物質によるあがり症

アルコールの過剰摂取によるもの

アルコールを多量に摂取すると翌日、手などが震えることがあります。アルコール依存症の人がお酒が切れると手が震えたりします。依存症でなくてもお酒を飲むと酔っぱらっている間は震えはしませんが、アルコールが体から抜けていくときに手などが震えやすくなります。前の晩、飲み会でハシゴをしたら、翌日の朝礼のスピーチでひどく震えたなどということが起こり得ます。一度震えるとトラウマになって、また震えたらどうしようと不安になって(予期不安といいます)緊張感が高まると、そのために更に震えや動悸が悪化して、本格的なあがり症へと発展していきます。前の晩にお酒を飲みすぎないようにすれば、震えもおさまるはずですが、震えやすい体質の人が、飲酒をきっかけに震えを発症した場合、お酒を控えても、不安・緊張感が残ってしまい、震え等が続くことがあります。

治療は、飲酒を控えるのが一番ですが、βブロッカーを飲酒の翌日に服用しておけば、それなりの効果が得られます。ただし、飲酒量が多いと薬が負けてしまうことがあります、

カフェインの過剰摂取によるもの

コーヒーなどのカフェイン飲料を過量摂取すると、その当日、動悸がして、緊張感が高まり、手などが震えやすくなります。アルコールと異なり、前日のカフェインは通常、問題になりません。私の経験では、コーヒーを4~5杯、あるいはペットボトルで1~2本飲んでるような人は、やめてみると違いを実感することが多いようです。コーヒー以外にも紅茶、緑茶、ウーロン茶、ドリンク剤(特にエナジードリンク)の過剰摂取でも同じことが起こり得ます。カフェインを摂りすぎている人の特徴は、普段から脈拍が90/分以上の頻脈になっていることです。脈が速ければ、ちょっとした緊張で、動悸や震えが出やすくなります。

気管支喘息の治療薬によるもの

気管支喘息の治療には通常、ステロイド製剤と気管支拡張薬が使用されます。気管支拡張薬には動悸と震えを悪化させる副作用があります。特に内服の気管支拡張薬を服用すると、動悸、震えといった副作用の発現率が高くなります。もともと、あがり症ではなかったのに、喘息の治療を受けているうちにあがり症になったという方が、たまにおられます。最近は気管支拡張薬も吸入薬で使われることが多くなったので、ひと昔前よりはマシですが、それでも吸入の量が多いと動悸や震えが出やすくなります。

対策は、喘息が安定しているならば、主治医の先生と相談して気管支拡張薬の使用を減らすことです。最近は、吸入薬もステロイドと拡張薬の合剤が使われることが多いので、ステロイドの吸入薬と拡張薬の吸入薬を別々に処方してもらって、安定している時はステロイドだけ吸入するようにします。ほとんどのβブロッカーは喘息には使用禁忌で使えません。特に、気管支拡張薬が必要な状態では絶対使用できません。喘息の持病があっても、薬なしでも落ち着いているとか、少量のステロイドで落ち着いている時は、一部のベータブロッカーでしたら使用できる場合もあります。